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Vol.6: 山谷(日本堤・清川)

2009年12月18日 00:29

胃の中の食わず。人生の黒字を探し求めて。

Image580.jpg小生は幼き頃に食べ物の大切さだけを徹底的に教えられ、あとちょっとだけ腹に入らずに残してしまう量の食料を、リスの真似をして精一杯頬袋に収めたことがある。リスのようにいつまでも食料を無駄にせずに保存しておけると思ったからだ。やがて頬袋という、人体には無理のある姿勢のままでいることが逆に楽しくなってしまい、おそらく半日ほどその頬袋を保ったのだった。しかし体温に包まれて痛んでしまった食料を最後に飲み込んでしまったせいか、下痢となって排泄され、腹を痛めただけでなく栄養分は体のなかに吸収できなかった。

さて、そんな貧乏性を植えつけられた小生ももはや三十路になり、自分の稼いだ金で南千住の老舗の名店「尾花」で3500円の鰻でも食すことにする。おそらく今年最大に近い贅沢であろう。下の「胃の中の徘徊」で後述するが、とかくふわふわな白焼きと、とかく滑らかな鰻重を胃へと放り込む。何でも口に入れればいいってもんではない。美味しいものを食べれば、それだけ人生は黒字になるんだ。そんな思いにふけったのは、今回の徘徊のうちでこの瞬間だけであった。

胃の中を満たした後は、関東最大のドヤ街「山谷」へと入るべく常磐線を歩道陸橋で渡ろう、と階段に足を乗せたところ、右手に何やら殺気のようなものを感じる。目を向けると、な、何なんだ、こちらを見るあの無表情で巨大な石仏は。

Image5761.jpg思わず歩を右に向けて進み、案内板を見ると、なんと「小塚原刑場跡」とあるではないか。有名な心霊スポットであり、江戸時代の三大刑場のひとつであるが、ここにあるとは知らなんだ。しかしこの「首切地蔵」といわれる巨大な石仏、あまりに無表情すぎるあまり、どの位置に身を置いてもこちらを見ているかのような錯覚に陥る。その石仏の背後には、いつからあるや分からぬ墓石がカオスのように肩を寄せ合い、なおかつ犬が狂ったかのように吠える光景に不吉なものを感じ、足早に山谷方面へ向かうべく歩道陸橋に駆け上がったのであった。

歩道橋を越えて少し歩くと「泪橋」交差点がある。この交差点を境に南に広がるは日本堤・清川の地域。いよいよ関東最大の日雇い労働者の街「山谷」に足を踏み入れようとする時、ふと目に入る区の案内板を読んでみる。どうやら小塚原刑場に向かう囚人や、その死刑を見送る親族が泪を流したことから、この地を「泪橋」と呼ぶようになったという。

Image578.jpgもしやあの歩道陸橋が泪橋であったのでは。お前の胃の中にいる肥えた鰻が皮を剥がされ、頭を落とされたかのように、ここでは人が殺されたのだと首切地蔵は伝えたかったのか。なんとも不吉なものを背負い続けながら泪橋交差点を渡り、急に路地に入るのは危険と感じ、まずは大通り沿いに南下する。すると信号という概念を守らず、あちこちから車道を横断する日雇い者風情の初老が現れる。若い人はまったく歩いていない。すでに60は過ぎていようかという男性ばかりだ。顔には元気がないが、その顔に似合わず仕事上の関係か、贅肉のなくがっしりとした体つきの方が多い。

ちょっと広めの横道を右の日本堤に入り、少し路地を入ると、アパートより小さめの格安の簡易宿泊所を多数目撃する。1泊の相場が2000円程度で、1ヶ月を過ごすと家賃は6万円換算になり、ネットカフェ難民よりははるかに良い生活をしているといえる。どこの簡易宿泊所の看板にも「カラーテレビ完備」の表記があり、一文字一文字の色を変えてカラフルにあしらってあるのが懐かしい。

Image5791.jpg「いろは会」というアーケード商店街に入る。見事なまでのシャッター街で、10件のうち9件は閉まっている状態である。本日は土曜だから仕事日ではないのだろうか。路上で日雇い労働者たちがあぐらをかき、何を語るでもなくそこいらで集まっている。とてもではないが、彼らを写真に撮る勇気はない。彼らのしゃがんでいる場所に無数にダンボールが配置されているのを見ると、おそらく簡易宿泊所に泊まるというのは毎日ではなさそうだ。

「いろは会」のアーケードを抜けると大通りに出て左折。このドヤ街に似つかわしくないほど伝統と格式を放つ桜鍋や天麩羅の名店が並び、何故だと思いながらもう少し南下してみると交差点の看板に「吉原大門」の文字が。交差点の向かいの通りを見ると多数のソープ店が並んでおり、かつての遊郭の名残を見ることができる。交差点を渡りたがるセガレに鞭を入れ、反対側の清川にズボンの中のぴょん吉の矛先を向けて落ち着かせることにする。

日本堤から清川に渡っても、基本的にドヤな風景は変わらない。清川の中心的スポットといえる玉姫稲荷神社の隣の玉姫公園にいたっては、完全にテント場と化しており、公園としての機能を果たしていないほどだ。(とはいえ、ネット内の小さな野球場では子どもたちだけで野球をしている姿が印象的だった。)

Image582~00ここでもう山谷の徘徊は終わりになろうかというところ、日当たりが良くなってきたせいか、昼間から先達たちが路上に座ってワンカップ酒や発泡酒をあおり、タバコをふかしはじめる。ツマミもないし、会話もない。なぜ明日食っていくのに精一杯な人たちが、酒やタバコという害なものには金を惜しまないのだろうか。

ふと考えてみる。小生が幼き頃に腹を害した頬袋とは、いわば今の小生が嗜む酒やタバコと同じではないのかと。長期的な将来のビジョンがなく、されど食べ物を無駄にしたくないので、賞味期限にせかされることが煩わしくなり、賞味期限との縁が遠いものを買おうとする。そうすれば大金を積んで冷蔵庫を買う必要もなくなり、缶詰と酒瓶とタバコを繰り返すことになる。

確かに缶詰を開ける腕力さえあれば、なんとかライフラインは確保できる。それ以上の腕力をつけて何を自分から興そうとは考えず、仕事で肉体労働が必要であれば、必然的に仕事ができるだけの腕力が身についてくる。

それに比べ日本の中産以上の階級の風習では、逆に腕力をつけるためにジムに金を払っている。長期的な将来のビジョンを考え、先に金をかけて自分自身の体をマネジメントすることで、生活スタイルにプラスの循環を与えている。されど世界の国にはカロリーを取りたくても取れない人がいる状況の中で、金を払ってまでして取ったカロリーを捨てる行為がこの国に蔓延し、なおかつ長生きする分の摂取カロリーを世界に養わせることに、小生は土下座の念を抱かずにはいられないのだ。

一方で徘徊とはタダであり、しかも歩いた分だけ目にしたものを学習でき、カロリーを無駄に殺生することがない。いったい何が人生の黒字なのかの答えを求めて、また歳を取る歳月を徘徊してみようと思うのであった。



胃の中の徘徊:「尾花」(鰻)

常磐線とドヤ街の喧騒の中、孤高に佇む老舗の名店。

Image5721.jpg三ノ輪橋商店街を一通り散策し、南千住仲通商店街を通過。徐々に常磐線の線路の騒音や、「カラーテレビ完備」と書かれた1泊2200円程度の安宿が現れ、山谷地区の面影が漂い始める。そんな中、常磐線の線路沿いに、突如しっかりとした門構えと庭園で行列客を囲い込む高級趣な当店を発見。

日曜日の時刻は12時半。列を見るに30人くらいの待ちであろうか。だが12時から入った客が次々と食事を済ませたおかげで、30分もせずに店内へと足を踏み入れられる。列に並んでいる際に注文を済ませるおかげで、それほど待たずして料理が届くようになってるようで回転も良い。私は鰻の白焼き、連れは3500円のうな重を注文しておいた。

どっかりとあぐらをかき、ビールと御新香で期待値を高めていると、20分ほどで鰻群が到達。想定していたよりもやや白焼きが小ぶりであるのは残念な印象。その分、味で舌を迎え入れてくれるのだろうと、おもむろに箸で身を切り、タレをつけ、わさびをひとつまみ。それを白飯に乗せ、一気にほおばる。なんと、クチコミを裏切らないふわふわぶり。香ばしさはなく、とにかくサラサラでふわふわなのだ。合い間に肝吸いをすすりつつ、10分ほどで完食してしまう。

そしてその勢いで連れのパクついているうな重も一口いただくと、なんと、うな重の方が遥かに美味いではないか。白焼きはそれ自体はあっさりなのであるが、つけるタレが相当に濃い味になっている。なので白焼きは「あっさり」にも「濃厚」にも振り切れない印象なのだ。それに比べてはじめから「とにかく鰻は濃厚」に徹しているうな重の方がなんとも潔いことよ。この店の鰻の良さとタレの良さを余すことなく楽しむことができる。また、口の中でワイルドなうな重には小骨などはエッセンスとして許せるのだが、ふわふわで上品な白焼きに小骨があるのが口ざわりとしてやや残念である。白焼きで3300円のコストパフォーマンスは少し悔やまれるので、次の来店時にはうな重にトライしてみようと思う。


今回の徘徊ルート

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