FC2ブログ

Vol.4: 山谷ブルース

2009年12月02日 23:40

歳を取るという毎日の初体験を、人生の趣味としよう。

学生時代はロックにすべてを捧げたといってもいいが、ふと考えればこの日本で洋楽ロックを聞いている人は、英語に抵抗のないどちらかといえば高学歴に多い傾向がある。例えばロッキングオンやミュージックマガジンというロック雑誌は、知的解釈でロックを楽しむためのものであり、初期衝動として「叫ぶ」ロックとは完全に相反している。イギリスの労働者階級出のロッカーの悲痛な叫びを、総中産階級国家の日本のユトリあるロック好きは嗜好品として楽しみ、プレミア盤に何万円と注ぎ込むハイソなカルチャーとしているのだ。

そんな小生も普通に中学・高校を卒業して大学に入り、いち早く洋楽ロックを聞くことで周りよりも上のステータス感を味わう生意気な小僧であった。とはいっても親が普通の公務員の小生には好きなロッカーのように不幸なバックボーンはなく、(今考えれば相当に罰当たりなことだが)酒に溺れるストリート育ちだとか、ヤク中で体の血を丸ごと入れかえただとか、そういった底辺な境遇にたまらなく高いステータス感と憧れを抱いたのだった。

そもそもロックやブルースとは、同じ境遇の叫びに共感して社会に物申すもの。新宿のブルース・バーのマスターには、「大学通ってる坊ちゃんには本当のロックなんて分からないよ」とまで言われ、もはや小生にはロックする権利など残されていないのではなかろうかと頭をかきむしる。

自分がロックする権利などなくていい。ただ、本当のWorking Class Heroとは何なのかを教えておくれよ。そんな大学時代の小生が日雇い労働で貯金し、向かった先がロンドンであった。ZONE3の、全く同じ形の小さい戸建が何十軒と並ぶ労働者階級の家庭でのホームステイ。毎晩の食卓がキャベツの千切りの酢漬けに食パン。台所には安酒の瓶の摩天楼。家の長男はピストルズやクラッシュ好きのヤク中。街に出ても、終電の地下鉄を降りようとすると、プラットフォームの喧嘩で吹っ飛んできた男に地下鉄の中に押し戻される。ようやく地下鉄を降り、帰り道を歩いても気の狂ったように「PUSSY」と書かれた壁。ゴミ集め場にはゴミ袋を敷布団にして大の字で寝る人がいる。「ロックな光景」が一気に憧れからリアルへと変わっていく。それまで満ち足りた生活にはない刺激とストレスを与えるためのツールとしてロックを聴いていたが、この土地では刺激ばかりの生活の鬱憤を晴らすためにロックを聴いているのだ。

東京に帰ってきても、あれほどの光景は赤羽・蒲田・新小岩・北千住の四天王をもってしても見ることはできない。はたして東京でリアルにロックしてる街など存在するのであろうか。そうこうしているうちに社会に出て、仕事にかまけているうちに小生の中でロック離れが進み、20代が終わってしまう。

腹回りには肉がつき、明太子をつまみながら幸せに晩酌を楽しみ、そのまま干された鰹節の塊のごとくごろりと寝てしまう三十路。健康診断での尿酸値でも平均値を超え、学生時代にもっとも非ロック的としてHATEしていた大人像の天国への階段に、確実に足を踏み入れている。

いかん、もう一度ロックを探せ。されどロンドンへ行く時間などない。そうだ、山谷があった。山谷へ行こう。
こうして三十路の小生は、再びロックするために下町へ繰り出すのであった。

(次号「三ノ輪、山谷」へ続く)
関連記事
スポンサーサイト




トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kawanov.blog104.fc2.com/tb.php/5-f4e65b1a
この記事へのトラックバック


最新の下町徘徊録