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Vol.14: 西日暮里

2010年05月09日 22:36

江戸と東京の文化の矛盾が交差する下町のイスタンブール。

Vol.14: 西日暮里しばし続いた東京下町生活にもそろそろ終止符を打ち、6月に都内某所へと引っ越すことになった。充実した下町生活の拠点として大いに機能してくれたことへの感謝を込めて、総力を上げて西日暮里を綴ろうと思う。

西日暮里駅。東京に住んでいる方なら馴染みのある山手線の駅だと思うが、意外に駅そのものの歴史は浅く、1969年の千代田線開業によって地下鉄西日暮里駅が設けられ、山手線側も乗り換え用の駅として田端―日暮里間に1971年に設置した新しい駅である。現在では日暮里・舎人ライナーの西日暮里駅も尾久橋通り上に構えられ、1日あたりの乗降客数が50万人近くに達する西日暮里駅は、首都圏でも主要な通勤のHUB駅に成長した。また、南の上野や東の千住や北の王子へは10分圏内、西の谷根千へは徒歩圏内、駅前からバスを活用すれば三ノ輪経由で浅草雷門にすぐに出ることができる西日暮里は、週末の東京下町巡りにおいても最重要なHUBとなる。

Vol.14: 西日暮里ただ、長期的な都市計画もなく急ぎで駅が設置されたため、駅前にはロータリーもなく、今やこれほどまで客数が成長したのにもかかわらずJR駅の改札口はひとつのみというありさま。何ら都市整備されていないおかげで駅周辺はさまざまな文化要素が混在した街模様を呈しており、少し歩くだけでころころと景色が変わり行く様が非常に面白い。

Vol.12: 谷中」で紹介したように、西日暮里も山手線の内側が寺社と元武家屋敷の江戸風情の残る高級住宅地で、外側が戦後昭和以降の復興街で明確に二分されるのが前提にある。どちらかといえばラブホテルや飲食店の輝く山手線の外側の風景を西日暮里の印象として焼き付けている人が多数かもしれないが、実は関東随一の私立名門校である開成学園が西日暮里にあることを知らない人が多い。ここが西日暮里の面白さである。なぜこんなにも山手線を隔てて街の様子にギャップがあるのかといえば、田端・西日暮里・日暮里の間には山手線を横断できる道路が各々の駅にしかないからだ。

Vol.14: 西日暮里まず西日暮里を訪れたなら、徘徊はやはり山手線内側の高台にある道灌山公園からスタートして、眺望満喫からおすすめしたい。まずは昭和の絶景。東に見える7階建てのラブホ屋上の看板が水平線上に見えることを考えると、山手線を隔ててこちらの高台とは10m以上の海抜差がある。そして道灌山公園から木造建築や寺社の連なる諏訪台通りを日暮里の方に歩くと、西日暮里の中心である諏訪神社が現れ、敷地を奥に進めば、山手線・京浜東北線・高崎線・宇都宮線・東北上越新幹線のビューの拝める鉄道ファン向けの撮影ポイントがあり、さらにこれらのJR線の向こうのラブホの隙間からは日暮里・舎人ライナーの姿を垣間見ることもできる。お次は江戸の絶景。もう少し諏訪台通りを進んだところにある富士見坂は、澄んだ冬には富士山の雄姿を見ることのできる東京では数少ない坂である。このまま坂を下って谷中の方に足を向けてお江戸風情を満喫したいかもしれないが、日暮れとともに眠る日暮里のお江戸。この時間からは山手線の向こうの眼下に光る昭和のネオン街に行くしかない。

Vol.14: 西日暮里先ほど山手線をまたげる導線が数少ないと述べたが、地元民しか知らない秘密の通路が存在する。なんと諏訪神社の奥まで進むと、線路の下へと続く階段があるのだ。その階段の一番下の方には山手線をくぐることのできるトンネルがあり、青電球の光が中から怪しく輝いている。昼でこそ通路として認識できるが、夜に通るには相当な勇気が必要だ。入ってみたらそこは落書きと放置自転車の散らばる空間。一気に抜ければそこは目と耳を喧騒が包み込む。この秘密の通路は「江戸東京のボスフォラス海峡」と形容しても良い。先ほどの静寂からこの喧騒への急激なコントラストの印象を、「文明開化の音」とするか「文明劣化の音」とするかも判断の難しいところだ。

Vol.14: 西日暮里パチンコとラブホテルのネオンは前述の通り。真新しいモノレールの日暮里・舎人ライナーの近未来な高架線の下を、ボロボロに古い京成線と常磐線の高架線や田端車庫へと向かう貨物線が交差するように走る。そう、東京から北~東の鉄道網は、上野よりも先にまず西日暮里~日暮里に集結するのだ。まさに西日暮里は「東京下町への臍の緒」。そんな鉄道客の目に留まるように、ビルは高架線よりも高くなって店看板や広告をアピールし、小香港のような街模様になったのであろう。まるで人の視線を太陽光のように思い、我先にとビルが樹木を伸ばした雑木林のようで興味深い。

Vol.14: 西日暮里江戸っ子は多くは語らず、着物は控えめに小粋に裏地の柄にこだわるもの。いやいや、感情を素直にアピールするのがこれからの東京のモダンなスタイル。モンテスキューなど知らぬままに欧米思想を「個人主義」と単純解釈した結果、看板をどこよりも派手にアメリカっぽく作ってみる。このネオンの過剰なアピールは、アジア諸国同様に、欧米文化に手っ取り早く憧れてしまった結果の喧騒風景といえるのではないだろうか。おかげで太いフォントの飲み屋やラブホの看板だけでなく、アラビアの匂いの強い怪しげなスペイン料理「アルハンブラ」、モツ焼きの名店「喜多八」(吉田類の酒場放浪記でも取り上げられた)、食べログで4点以上を保持する「西日暮里ホルモン」など、多種多様にギラついた名店がこの西日暮里の東地区に混在している。特に「喜多八」は、名物の味噌ベースのモツ煮を求めた客で毎日満員だ。

Vol.14: 西日暮里このなかでも最も文化の交差点の“西日暮里らしさ”を体現しているのが、駅に程近く怪しげな外観を放つ喫茶店「フィレンツェ」である。店名とはまったく関係なく自慢のメニューは生姜焼き定食。店の中に入ればレトロかつファンシーすぎる洋家具と人形がお出迎え。テレビで芸能ニュースを見ているマスターのママが下世話な芸能人ネタで果敢に客に絡んでくる。どうにもITとは縁遠い雰囲気だが、「インターネット無料」という看板があり、なぜか何年も前から無線LANのつながる通信環境を整えている。おかげでWEB業界人の社交場と化しているのか、「西日暮里フィレンツェ倶楽部」なるオフ会が存在し、twitterのハッシュタグで声を掛け合い、フィレンツェでのライブ映像はUstreamで配信されているという先進ぶり。この店、いやこの街の底知れぬ文化の吸収力にはただただ脱帽する。

Vol.14: 西日暮里江戸と東京のさまざまな文化が線路をまたいで存在する西日暮里。元々が山手線の内側のように高台であれば背伸びする必要はない。一方で背が低ければ高くなるために様々な試行錯誤を繰り返す。そんな江戸と東京を分かつのは虹色のようにカラフルなJR列車の束。小生は雑居ビル5階の自宅の荷物をまとめ、虹色のひとつである黄緑色の山手線へと乗り込み、次の東京の引越先へと向かうのであった。
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