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Vol.11: ローリング立石様

2010年02月28日 22:15

街の血管はただロールし続ける。

霞ヶ関駅の血管この半生において、自分で自分に苦痛を与えることなどなかった小生は、恐縮ながら端的にいえば快楽主義者である。

過去の栄光ではあるが、確かに高校時代には剣岳や槍ヶ岳をはじめ、北アルプスを10日間かけて縦走した経験がある。しかしそれは単に当時「高いところが好きだった」という動機だけであり、「333mの東京タワーより10倍近い快楽を夏休み通して味わい続けられる」というワンゲル部員の口車に乗せられたからである。また、確かに小学時代に中距離走を続け、そこそこのタイムを出した時期がある。しかしそれは単に「速く走れればモテる」という快楽が保証されていたからである。

高校・大学、そして社会人へとコンクリートジャングルに歩を進めていくにつれて「速く走れればモテる」保証は神話と化し、ただ純粋に快楽を求め続けた結果、最終的に裏切らぬ親友関係を築いたものが酒とタバコであった。しかし、快楽の盟友として行き着いたはずの酒とタバコが、逆に三十路となった今では体に苦痛をもたらすものへと変容し、「快楽」と「苦痛」の関係が逆転してしまったのである。

浅草橋駅の血管その三十路の小生は、子どもの頃より親の影響でロックンロールに傾倒しており、「ロック=快楽の象徴」を体現するストーンズやデビッド・ボウイといった好き放題の”ワルい”生き方に憧れてきた。しかし、もう還暦周辺のミック・ジャガーやスティーブン・タイラーは、昔からの”ワルい”ルックスを今も保つために、禁煙とトレーニングというかつての「苦痛」を「快楽」へと逆転させ、ストイックな節制に勤しんでいるそうだ。「ロックなのに健康など裏切られた」と捉えてしまう自分の心の狭さに反省したものだ。

考えてみれば小生が社会人になって体を動かし、健康な汗を流すのは逆にロックフェスの時くらいのもの。それを思い出して下町散策で試してみたのだ。イヤフォンから爆音でロックを流しながらテンポに合わせて体を動かす。根津の三浦坂を上る時はゆったりとオアシスでも、逆に善光寺坂を下る時は追われるようにツェッペリンでも、へび道はグルーヴィーにマディ・ウォーターズでも。すると途端に谷中墓地の緑が苗場の森へと、そして不忍池へと抜ける景色がグリーンステージへとシンクロしたのだ。

八丁堀駅の血管ロックで健康になることは決してロック魂への背徳ではない。むしろ健康でなければロックし続けることはできない。忌野清志郎の分まで長生きしたい。

しかし自分だけの健康と快楽のためにイヤフォンで耳をふさいで下町を歩くのは、下町に対する冒涜ではなかろうか。この下町が荒川氾濫で水没すれば、住民の声に耳を閉ざした小生は、ノアの箱舟に乗り込んでひとり世田谷の高台に逃げ込む気ではなかろうか。

「転がる石に苔はなし」のRollong Stonesのロック(石)を聞きながら、転がることを忘れた立石様を拝みに行くことで、その回答を得ようとするのであった。
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Vol.10: 十条の横丁会

2010年02月08日 23:05

横丁ジャック・フェスティバル、序章

十条踏切やはり日本人はカメラが好きである。立派なデジタル一眼をぶら下げて下町を廻っている方も多く見かける。しかし小生はどうにもカメラが苦手で、下町散策中に持っているものはケータイと財布くらいである。良いカメラになればなるほど重くなり、徒歩の命のフットワークを阻害するのはともかく、あくまで小生の散策の楽しみは徒歩による景色のゆるやかな流れにあるので、カメラを持つと撮影のたびに立ち止まってその流れが遮断されてしまい、どうにもキリがなくなってしまう。定点のおのおのを目的とせず、散策全体の流れを楽しみたい。なので大体1回の散策につき、写真はケータイで4、5枚程度である。その雑なケータイ写真をこの「東京下町への臍の緒」に載せているというわけだ。

しかしそれではせっかく訪れた素晴らしい景色があくまで自分の脳裏にだけ焼き付けられるだけで、他の人に谷中や立石といった東京下町の素晴らしい画を視覚的に共有することができない。とはいえ、動画に撮ってただアップロードして紹介するのでは、日記を綴る楽しみもなくなるので更新も続かなくなるわけだ。

そんな時にふと敏腕の仲介役で知られる同僚の@6rats氏が、小生の横丁散策に付き合ってくれるなどという。そのおかげでプロジェクトきってのキャメラマン@_grumit氏、さらには東京の交通網を知り尽くした@spitf氏、そして食べ歩きを何よりの趣味とする旅の用心棒@sochiai氏といった、自分にはない能力に特化した何とも心強い旅の同士を得ることができたのである。

十条龍馬その同士とともに、手始めに夜の十条へと上陸を開始した。まずは大衆酒場の聖地とされる斎藤酒場へと侵入。しかしやはり老舗の実力か、満席にはじき返される。とはいえ以前に二度も足を運んでいる加賀屋に落ち着くのでは新しい発見がない。しぶしぶまっすぐとそのまま進むと、斎藤酒場に頼らずとも安くて美味そうな酒場が視界を埋め尽くすではないか。細いアーケードのT字路に出くわすと、踏切の向こう側に見える「龍馬」の看板にターゲットを定め、右折することにする。

小生が子どもの頃は埼京線などなく、赤羽止まりの赤羽線であったな。踏切横の看板に残る「赤羽線」という文字を懐かしむ。しかし一方で、@_grumit氏や@spitf氏にとってはそんなことは当然な事実だったのか、アーケードの方を写メで撮りまくっているではないか。

踏切を渡って大衆酒場「龍馬」へと入る。おもむろに同士が「コ」の字のカウンターの角ひとつを占領する。そこで十条仲通商店会の副会長である@nakadoori氏と、東京の観光に業を置く@oharu317氏との運命的な遭遇を体験する。

十条龍馬そしてようやく飲み会が開始されたわけだが、とにかくこの同士の食べることほお張ること。串カツをひとり15本以上は軽くたいらげ、牛スジ煮込みにいたってはおかわりを繰り返して店の鍋をカラにしてしまい、「こんなに食べる客ははじめてだよ」と店長さんも苦笑するばかり。勤務地の六本木では安ければ不味い店が当たり前だが、この十条ではどの店も大衆の味覚のツボを掴んだ間違いない味を大衆価格で提供している。あたかも吸飲力の衰えないダイソンのごとく、皆がいかなる時も皿か杯か箸を口元に固定しているのも無理はない。おかげで当初もう一軒ハシゴして開拓するつもりが、最終的に今回はこの店だけに舌を捕まれてしまった。

閉店の「龍馬」を後にし、近所にお住まいの@nakadoori氏と、次の立石仲見世での飲み会を誓ってお別れをする。我々は十条銀座、十条仲通商店街を一通り廻り、十条駅南口で解散した。

十条龍馬小生は酔い醒ましに日暮里の家まで歩くことにした。いまだ市内局番が9から始まる3桁の店の看板が多く、昭和の東京が手付かずで残る北区デルタ地帯を十条から京浜東北線の方に横断する。高台の北区とはいえ、一軒屋の前に並ぶ無数の植木鉢や、夜の散歩を楽しむ猫の多さは完全に下町の風景である。こうやって足慣れた独りでの徘徊もいいもんだ。しかし今宵、皆で酒を囲んだ空間はまた素晴らしかったな。

自分の足で歩いてきた街を小生の記憶の中に留めず、その素晴らしさを共有したい。自由が丘や中目黒や代々木上原といった「住みたい街」ランキングの毎年上位に入る街は、メディアから知らされるわずかな情報から市民が選択した理想の結果である。立石に十条に駒込に、この素晴らしい東京にはまだまだ素晴らしい街がたくさんあるというのに。今後の個々の情報網が充実する時代には、メディアに頼らずとも、twitterやfoursquareを用いた個々の徘徊録によって、ポテンシャルのあるそこらかしこの横丁の底力が明らかになる。ユーザーが地点を自由に選択できるようになり、俗にいうIT化によって個々の横丁が生き返るのは間違いない。

そんな生き返るべき横丁をいち早くジャックしてハシゴ酒を楽しめる「横丁ジャック・フェスティバル」を設けて、その街の活性化に力を貢献できればどれだけ楽しいものか。ほろ酔い醒めぬ徘徊の中、そんな夢を膨らませつつ、北区デルタを横断して王子駅に到着。すでに終電を過ぎた暗いながらも神々しい、個の都電駅を眺めながら、先の長い日暮里の自宅へと足取り軽く歩を向けるのであった。


※いつものデジタル一眼ではなく、写メながらも素晴らしい写真を提供してくれた@_grumit氏、ありがとうございました。


最新の下町徘徊録


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